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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)109号 判決

原告 宮岡政雄 外一四名

被告 立川市長

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が別紙目録記載のフエンスを除去することを怠つていることが違法であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

(本案前の申立て)

主文と同旨の判決

(本案についての申立て)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  原告らはいずれも東京都立川市の住民である。

2  立川市道第一、〇八一号線(以下「本件道路」という。)は陸上自衛隊立川基地(以下「立川基地」という。)の外周に沿つて設けられた立川市が管理権を有する道路であり、その敷地は立川市有地、国有地及び私有地からなり、国有地については立川市が国と無償貸付契約を、私有地については立川市が所有者と使用貸借ないし賃貸借契約をそれぞれ締結して使用している。前記道路敷地(以下「本件道路敷地」という。)中、立川市有地は地方自治法(昭和二二年法律第六七号、以下「法」という。)第二三八条第一項第一号に、国から借り受けている部分の土地使用権及び私有地についての使用借権ないし賃借権は同項第四号にそれぞれ該当するからいずれも立川市の財産であるし、立川市の有する本件道路についての道路法上の管理権自体法第二三八条第一項第四号に該当し立川市の財産であるというべきである。

3  本件道路の両側にはフエンスが設置されているが、立川基地からみて外側のフエンス(以下「旧フエンス」という。)は本件道路敷地が在日アメリカ軍の専用道路として使用されていた時に設けられたものであり、別紙目録記載のフエンス(以下「本件フエンス」という。)は旧フエンスの一部であつて、本件道路と原告田中喜一郎所有の別紙目録のフエンス所在地欄記載の東京都立川市砂川町一、二四〇番の三及び一、二四三番の一の各土地との境界に設置されている。

4  法第二四四条第二項は「普通地方公共団体は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない。」と規定しているが、公の施設たる道路の利用とは道路上の通行だけではなくその前提となる道路への出入りをも含むと解すべきところ、本件フエンスによつて前記田中喜一郎は本件道路からその所有土地に直接出入りすることができなくなつているのであるから、被告が本件フエンスを除去しないことは右法条に違反すること明白である。

また、本件道路沿いにある立飛企業株式会社及び新立川航空機株式会社の敷地と本件道路との境界にはコンクリート塀が設置され五か所の出入口が設けられているが、本件道路のうち右以外の部分には他の道路との二か所の交差点を除いて旧フエンスが設置されており、本件道路周辺の住民は本件道路の利用にあたつて不当な差別的取扱いを受けている。したがつて、被告が本件フエンスを除去しないことは、住民による公の施設の利用につき不当な差別的取扱いを禁ずる法第二四四条第三項に明らかに違反している。

以上述べたところから明らかなとおり、被告が本件フエンスを除去しないことは違法に財産の管理を怠つているというべきである。

5  原告らは昭和五三年五月一六日立川市監査委員に対し被告が本件フエンスを除去しないことは違法であるから必要な措置を講ずべき旨の監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたが、同委員は同年七月一一日原告らの右請求を棄却した。

6  よつて、原告らは法第二四二条の二第一項第三号に基づき請求の趣旨記載の判決を求める。

二  被告の本案前の主張

1  住民訴訟制度は監査請求前置主義により自治体内部での自主的解決を期待し、これがなされないときに裁判的統制により地方財政の公正なる運営を確保しようとする特殊な訴訟形態であるから監査請求の対象と住民訴訟の対象は同一でなければならないと解されるところ、原告らは本件監査請求においては道路管理上の差別行為による所有権侵害に対する補償措置を求め、本訴においては被告が本件フエンスの除去を怠つていることの違法確認を求めているのであるから、本件監査請求と本訴とはその対象が同一であるということはできず、本件訴えは監査請求前置の要件を欠く不適法なものというべきである。

2  法第二三八条第一項第四号にいう「これらに準ずる権利」とは法律上確立している用益物権又は用益物権的性格を有する権利をいうと解すべきところ、本件道路敷地のうち国有地について立川市が有する権利は対価としての出捐もなく物権化傾向も認められず、かつ権利の安定性も乏しいので用益物権とは認められず、また用益物権的性格を有しているともいえないのであるから、「これらに準ずる権利」にはあたらず、立川市の財産ということはできない。

また、仮に前記立川市が国有地について有する権利が「これらに準ずる権利」にあたり立川市の財産と認められるとしても、住民訴訟の対象となりうる財産は財務的管理の対象となるものに限られると解すべきところ、立川市は国有地について財務的な管理を行いえないのであるから、右権利は住民訴訟の対象たりえない。

3  本件フエンスがあることによつて本件道路それ自体の財産的価値が減少ないし低下することは考えられないのであるから、本件フエンスを除去するか否かは財務会計上の問題ではなく、住民訴訟の対象たりえない。

三  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。

同2のうち、本件道路が立川基地の外周に沿つているとの点は否認し、立川市が本件道路敷地のうち国有地及び私有地について有する権利並びに道路法上の管理権が立川市の財産であるとの主張は争うが、その余の事実は認める。

同3のうち、本件道路の両側にフエンスが設置されているとの点は否認するが、その余の事実は認める。

同4のうち、地方自治法に原告ら主張のような規定が存在すること、立飛企業及び新立川航空機の敷地と本件道路との境界にコンクリート塀が設置され、五か所の出入口が設けられていることは認めるが、その余の主張は争う。

同5の事実は認める。

2  被告の主張

被告は本件道路の供用開始前に旧フエンス一、三七五メートルのうち他の道路との交差点八か所合計二〇三メートルを撤去したが、残りの部分については私有地と本件道路敷地との境界石埋設工事が完了しておらず、またガードレール等の安全施設が未整備であつたので交通の安全をはかる必要があつたため存置された。しかしながら、被告は本件道路の供用開始前から本件道路に接している土地の所有者等からの要請があれば右諸工事の完了後旧フエンスを撤去する方針を有しており、昭和五三年一二月二五日には原告田中喜一郎の希望に従い本件フエンスのうち三四・八メートルを撤去した。したがつて、被告が本件フエンスのすべてを撤去していないからといつて何ら違法な点はない。

四  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

1  本件監査請求の対象は、被告が本件道路を開通させたにもかかわらず本件フエンスを除去しなかつた不作為により原告田中喜一郎の本件道路の利用を拒んでいる事実であり、措置請求の内容たる所有権侵害の補償措置は右不作為が違法とされた場合に立川市監査委員が採るべき違法除去の措置を法第二四二条第一項によつて請求したものであつて右不作為の監査請求に付加してなされた請求にすぎない。したがつて、本訴において原告らが対象としている本件フエンスの不除去の事実は本件監査請求の対象と一致するものである。

また、仮に本件監査請求の内容が所有権侵害に対する補償措置のみであつて本訴において原告らが請求する怠る事実の違法確認を包含していないとしても、次に述べるとおり本訴は監査請求前置の要件をみたすものである。すなわち、住民訴訟の対象は被告主張のように監査請求の対象と同一でなければならないとはいえず、監査請求に係る行為又は事実から派生し、あるいはこれを前提として後続することが必然的に予測されるすべての行為又は事実に及ぶものと解されるところ、本件フエンスの除去は立川市の原告田中喜一郎に対する差別行為の補償措置の一環として当然に予想さるべき行為であり、これを怠つた被告の不作為は監査請求の対象から必然的に派生する事実に他ならないものであるから、本訴において右怠る事実の違法確認を求めえないとすることはできないし、また法第二四二条の二第一項は監査請求において損害補償措置のみを求めた場合でも、その損害が生ずる原因となつた怠る事実の違法確認を住民訴訟により請求する途を開いているのであるから、この点からみても本訴において怠る事実の違法確認を求めえないとすることはできないからである。

2  道路の管理については一般交通の用に供するという道路の維持管理と道路の財産としての管理を区別することは適当ではなく両者は重なり合つているものであり、道路の用途目的が害されていることを放置していること自体が財産管理の違反であると考えるべきである。そして道路の用途目的が害されているか否かは地方財政法第八条の規定を基準にして考えるべきところ、本件フエンスの存在によつて本件道路への出入りが妨げられていることは明白であり、そのために本件道路を常に良好な状態において最も効率的に運用しているとは到底いえず、本件道路の財産的な価値も減少しているのであるから、本件フエンスを除去しない不作為は財務会計上の行為として住民訴訟の対象たりうる。

また、立川市は本件フエンスの維持管理費用を支出せざるをえないのであるから、この点からも本件フエンスを除去しないことは財務会計上の行為として住民訴訟の対象となるというべきである。

五  被告の本案についての主張に対する原告らの認否

被告の本案についての主張のうち、旧フエンスが一、三七五メートルあつたこと及び被告が昭和五三年一二月二五日に原告田中喜一郎の希望に従い本件フエンスのうち三四・八メートルを撤去したことは認めるが、私有地と本件道路敷地との境界石埋設工事が完了しておらず、またガードレール等の安全施設が未整備であつたので交通の安全をはかる必要があつたため本件道路の供用開始後も旧フエンスが存置されたこと及び被告が本件道路の供用開始前から本件道路に接している土地の所有者等からの要請があれば境界石埋設工事、ガードレール等の設置工事完了後旧フエンスを撤去する方針を有していたことは否認する。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  本件訴えの適否について判断する。

1  法第二四二条の二所定のいわゆる住民訴訟の対象となるものは法第二四二条第一項所定の地方公共団体の執行機関又は職員による同項所定の一定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実に限られるものである。このことを法第二四二条第一項所定の財産の管理を怠る事実についていえば、地方公共団体の執行機関又は職員の作為又は不作為によつて当該地方公共団体の有する財産(ここでいう財産は法第二三七条、第二三八条、第二三九条、第二四〇条、第二四一条で定める財産と一致すべきものである。)の財産的価値が何らかの影響を受ける場合にのみ当該作為又は不作為が財産の管理を怠る事実として住民訴訟の対象となりうるというべきである。そして本件で争いになつている道路の管理については道路法上の道路管理者としての道路行政上の管理と道路敷地の権利者としての財産的な管理とが考えられ、右両者は実際上重なりあう部分があるが、地方公共団体の執行機関又は職員の作為又は不作為が財産の管理を怠る事実として住民訴訟の対象となるのは、右で述べたとおり、右作為又は不作為によつて道路敷地について地方公共団体の有する財産の価値に影響が及ぶ場合だけで、右財産の価値に何の影響も生じない場合は右作為又は不作為は専ら道路管理者としての道路行政上の問題となることはあつても、住民訴訟の対象となることはないと解すべきである。

2  そこで、まず本件道路敷地について立川市が有する権利が法第二四二条第一項にいう財産に当たるか否かについて検討する。

本件道路敷地が立川市有地、国有地及び私有地からなり、右のうち国有地については立川市が国と無償貸付契約を締結し、また私有地については立川市が所有者と使用貸借契約ないし賃貸借契約を締結していることについては当事者間に争いがない。右のうち立川市有地については法第二三八条第一項第一号に該当し立川市の財産であることは明らかであり、また国有地について立川市が有する権利(この権利は道路法第九〇条第二項に基づくものと解される。)及び私有地について立川市が有する使用借権ないし賃借権も同項第四号にいう「その他これらに準ずる権利」に該当し立川市の有する財産であると解すべきである。けだし、不動産賃借権については近時不動産の使用収益に関して重要な機能を営んでおり、その財産的価値の重要性の点においても地上権等に比して劣るところがない。また、国有地について立川市が有する権利は使用借権と解されるが、地方公共団体の有する不動産に関する使用借権についても不動産の使用収益につき重要な機能を営んでいる点に変りはなく、その管理に十全を期すべき必要性があることも同様である以上その管理、処分等に違法、不当な点があつた場合には住民監査請求、住民訴訟でその非違を是正する手段を残すことが右制度を設けた趣旨に合致するのであるから、使用借権を地上権等と区別して扱うのは相当ではなく右権利も法第二三八条第一項第四号にいう「その他これらに準ずる権利」に該当すると解すべきだからである。

なお、原告らは立川市の有する本件道路についての道路法上の管理権自体が立川市の財産であると主張するが、右管理権は、道路法上の道路管理者としての地位に基づく公法上の権限であつて、その財産的価値を問題とする余地はないから、そのように解する根拠はない。

3  次に本件フエンスを除去しないことが財務会計上の行為として住民訴訟の対象となるか否か検討する。

本件フエンスが本件道路敷地と原告田中喜一郎所有土地との境界線上に設置された金網状のフエンスで高さが一・八メートルないし二・二メートルのものであることについては当事者間に争いがないところ、右のような形状のフエンスが存在するか否かによつて前記2で述べた本件道路敷地について立川市が有する財産の財産的価値に変動が生ずるとは到底考えられないのであるから、本件フエンスを除去しないという不作為によつて本件道路周辺の住民がその使用にあたつて不便を感ずることがあり、本件道路の効率的運用が妨げられているとしても、前記1で述べたとおり、右不作為は専ら道路行政上の管理の問題であつて住民訴訟の対象たりえないというべきである。

なお、原告らは本件フエンスの維持管理に費用を要するから本件フエンスを除去しないという不作為は財務会計上の行為であると主張するが、仮に原告ら主張のような費用が支出されることがあるとしても、その故に本来財務会計上の行為でない道路管理行為それ自体が財務会計上の行為となるものではなく、また公金の支出が違法であるとするならばそのこと自体を住民訴訟の対象として争えばよいのであるから、原告らの右主張は失当である。

4  以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、本件訴えは不適法であるといわざるをえない。

二  よつて、本件訴えはこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九三条第一項本文、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田耕三 原健三郎 北澤晶)

目録〈省略〉

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